榊原康政関連エントリー

三方ヶ原・その後~犀ヶ崖の戦いと平手汎秀の死

... しかし、もう一つ 『柏崎物語』 にも、徳川四天王の一人・ 榊原康政 が、三方ヶ原の戦いの後、信玄が浜松城の近くに陣を構えたのを確認して、 「夜のうちに城攻めがあるかも知れない」 と、迎撃すべく ...

三方ヶ原・その後~犀ヶ崖の戦いと平手汎秀の死

榊原康政公子孫ら墓参

... 徳川家康の四天王の一人、武将である榊原康政公が江戸幕府開府以降治めた土地であるのが館林。 歴史好きな方や戦国時代に興味がある方など榊原康政公に興味がある方多いのではないでしょうか。 その子孫らが25日館林の善導寺に墓参に参られたとのこと。 ...

榊原康政公子孫ら墓参

榊原 康政・命日

... 皆様、ご訪問ありがとう御座います!! ★榊原 康政(さかきばら やすまさ)生誕 天文17年(1548年)~ 死没 慶長11年5月14日(1606年6月19日)は安土桃山時代から ... 榊原康政の墓 善導寺(館林)康政は、関ヶ原の合戦後も、館林藩10万石のまま留め置か ...

榊原 康政・命日

榊原康政

勝手にコラボ第二弾。ゆーくんまままさんの井伊直政の記事にコラボさせていただきますが、今回は榊原康政のエピソードを1つ紹介します。小牧長久手の戦いの際、榊原小兵太康政は挑発行為をやってのけました。「それ、筑前は野人の子。馬前の走卒。 ...

榊原康政

三河・榊原康政誕生地っ^-^♪

豊田市上郷の上野城址へ行ってきました★ ここには私の最愛の戦国人、榊原康政さんの誕生地の碑があります♪ 無謀にも『上郷に誕生碑があるらしい』という情報 のみ で出かけたので、 かなり迷いました^-^;地図にももちろん載っ ...

三河・榊原康政誕生地っ^-^♪

榊原康政とは?

榊原 康政(さかきばら やすまさ)は安土桃山時代から江戸時代前期にかけての武将・大名。上野国館林藩の初代藩主。徳川氏の家臣。
鶴姫(池田利隆室)}}
天文17年(1548年)、榊原長政の次男として三河国上野郷に生まれる。榊原氏は松平氏譜代家臣の酒井忠尚に仕える陪臣であった。康政は幼くして松平元康(徳川家康)に見出され、小姓となる。三河一向一揆の平定に従軍した。このとき、家康から武功を賞されて「康」の字を与えられた。康政は兄を差し置き、榊原家の家督を相続しているが、その理由として2説がある。まず長兄は、三河一向一揆に一味したため遠ざけられたとする説。また長兄は、徳川家康の長男・信康(謀反の疑いで切腹)に近侍していたことをあげる説がある。

榊原康政の詳細